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2014年8月29日(最終更新日2014年08月28日):

陸上
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200メートル初日本代表・原翔太選手(上武大、高遠高出)2年後五輪へ大舞台でアピール――9月27日からアジア大会陸上競技

9月27日から韓国・仁川で行われる第17回アジア大会の陸上競技に、長野県伊那市出身で上武大4年の原翔太選手(高遠高出)が日本代表として初出場する。今シーズン一気にステージを上げた。5月下旬の関東インカレ2部200メートルで日本歴代10位となる20秒41の自己ベストで連覇を達成すると、初出場となった6月上旬の日本選手権では並み居る代表経験選手とのレースの中、持ち味の後半の強さを見せ20秒62で初優勝を果たした。この間、わずか2週間の出来事だった。アジア大会は200メートル代表で、今季ランキングは4位。自己ベスト更新、メダルも視野に挑戦する。リレー出場にも強い意欲を示している。2年後のリオデジャネイロ五輪が急速に現実味を帯びてきている。

 

風格のようなものが備わってきた原選手

 

彗星から、光放つ恒星へ

 

6月上旬以降、原選手の名が新聞や陸上雑誌などメディアで大きく取り上げられた。日本選手権初出場で勝ち取った200メートルの優勝が脚光を浴びた。前半こそ出遅れたが、コーナーを抜け直線に入るとトップスピードに乗った。前を行く選手を次々にかわし、雨の中20秒62でフィニッシュ。持ち味の後半の強さを発揮し高瀬慧選手(富士通)、連覇を狙う飯塚翔太選手(ミズノ)のロンドン五輪両代表を抑え頂点に立った。5月上旬の静岡国際で20秒49、その3週間後の関東インカレ2部で20秒41と2大会連続で自己ベストをマークして迎えた日本選手権だった。

 

「日本選手権は初めてでしたので、経験と思って臨んだ大会でした。当然、僕も周りの方も1位になるとは思っていなかった。あの場では1位になれましたが、8人の中では(実力としては)一番弱いので、日本の中で200の1位になれた感覚はない」。それがトップに立った率直な気持ちだった。レース内容としては関東インカレの方が良かった。「20秒4以上出せたことが一歩つながった。静岡国際の確めもしたかった」。200メートルは日本歴代10位となる20秒41の自己ベスト。ここでも直線でロンドン五輪代表の山縣亮太選手(慶応大4年)をかわし逆転勝ちしていた。100メートルは10秒39で2位。関東インカレで大目標としていたチームとしての関東学連1部復帰はかなわなかったが、2年連続で2部男子最優秀選手の活躍となった。

 

高遠高では3年の年に個人2種目でインターハイに出場。当時100メートル10秒63のベストはインターハイ出場者ランキング8位だったが、本番では決勝に進めなかった。それでも小川嘉孝監督と昨年まで上武大を指導していたロサンゼルス五輪代表の不破弘樹氏に素質を見いだされ、上武大に進学。短距離の専門的な知識を基礎から学んできた。後傾ぎみだった骨盤の位置を前にすることなど、「高校とは全く違うフォーム。一から勉強してきてやっと3、4年で形になり始めた」。小川監督は「スタートをもっとすっと入れればと思うが、それがリズムかなと思う。あれが後半につながる彼の走り。(日本選手権は)上から見ていてやられたかなと思ったけれど、ワッと出てきて100分の1秒(で勝った)。やつの持ち味。リズム」。学年が上がるにつれ、精神面でも成長した。原選手は「レースを楽しめるようになりました。ベストパフォーマンスができるようになって、記録につながった。一歩ずつ上ってきた選手です」。現時点で尽くす自己アピールだ。

 

大学のトラックで走る原選手

 

日本選手権後の7月上旬、中国・金華で行われた第1回日中韓3カ国陸上競技大会に4×100メートルリレーのメンバーとして出場した。アジア大会を想定したオーダーでアンカーに入った原選手だったが、「早く出てしまい、バトンを落とした」。失敗もあったがこれも良い経験。初の海外レースで感じるものは多かった。北京五輪リレー銅メダルの塚原直貴選手(富士通・東海大三-東海大出)にはスタートの相談に乗ってもらった。「初のジャパンとして素晴らしい経験をさせてもらった。塚原さんともいろいろお話できて、陸上に対する考え方が変わった。まだ日本でしか戦ったことがなかったので、話を聞いて視野が広がった」。中国のあとは日本陸連の派遣でヨーロッパで個人2連戦。ベルギーとスイスで200メートルのレースに出場し、ベルギー・ヒュースデンゾルダーで行われたナイト・オブ・アスレティックスは20秒63で優勝を果たした。「レベルが高かった」というスイスではカテゴリー中4位だった。「(海外選手の)調整からアップをのぞき見した。骨格や筋肉量は違うけれど、自分で今やれること、まだ追い付けるところはあるだろうなと感じました」。5、6月の好成績を受けて、ばたばたと始まった観もある日本代表・原翔太養成プログラム。立て続けの海外経験から得たものは大きくフレッシュだった。

 

200メートル20秒41の自己ベストは今季アジアランキング4位。メダルも十分狙える位置にいることは確かだが、原選手は無欲だ。「勝てたらもちろんうれしいですけれど、なかなか勝つというのは僕にはない。全カレ(日本インカレ)で20秒3を狙うので、アジアでは20秒2という形です」。あくまで大会ごとにベスト、レースごとに強い自分になっていく。積み重ね、というこれまでのスタンスは変わらない。2020年の東京五輪はもちろん、2年後のリオデジャネイロも当然狙っている。日中韓の4継では代表としての心構えがまだ十分ではなかったという。「リレーはメンバー6人とコーチが一丸となって戦う。個人よりも責任を感じることなので、そういう経験をしないといけないと思っている。出られるならば経験させてもらって、これからの世界大会、オリンピックに向けての精神づくりをさせてもらえればと思う」。2年後、自分はどこに立っているのか。日本選手権の彗星のごときインパクトを、確実で持続的な成長軌道に乗せていくことが日本インカレ、アジア大会での課題となる。

 

 

 

 

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