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2014年2月20日(最終更新日2014年02月20日):

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大回転成年男子C山﨑純選手(大町市SC)、長野県の来年考えた目標設定――2月21日から、やまがた樹氷国体

スキーのやまがた樹氷国体は2月21日から、山形市と上山市で行われる。長野県は役員22人、監督3人、選手60人、派遣トレーナー6人、支援コーチ18人、計109人の選手団で臨む。大回転は山﨑純選手(36=大町市スキークラブ)が8年ぶりに成年男子C(34歳以上)で国体カムバック。長野県予選は3位通過でスタート順に恵まれないが、すでに来年を視野に長野県が上位のスタート順を多く確保できるように、最低でも15位以内への進出を狙っていく。

 

山﨑選手と妻・香里さん、長男・琉太郎ちゃん。南チロルの様式を持ち帰った自慢のテーブル席で

 

 

研究で補う少ない練習、経験生かす新マテリアル攻略

 

2006年尾瀬国体成年B3位の山﨑選手が8年ぶりに国体に帰ってくる。昨年の全日本マスターズ優勝が本格復帰への足掛かりで、今シーズンは1月21日の長野県予選を3位で通過した。県予選は年明けから計3日間のポール練習で迎えた。元ナショナルチームなどそうそうたるメンバーの中、「3番以内には絶対入れないと思って臨んだが、現役時代を含めて、国体予選は初めてこんなにリラックスして滑れた」。明らかな練習不足を自覚する中、あとはやるべきことをやるしかない、と自分の滑りを総点検して挑んだ。

 

安曇野市穂高有明でピザハウスを経営。12月16日の初滑り以来、鹿島槍スキー場で朝の1時間だけフリー滑走して昼の開店に間に合うように戻った。年が明けて、菅平で現役時代に練習していたACCELと中川レーシングの2チームでポール練習を行った。そして1月15日、菅平で2連戦のFISレースに1試合だけ臨んだが、「ボロボロだった」という。それから21日までの中5日間、「現役の人たちの滑りと比べて、自分に何が足りないか、厨房で考えた」と話す。菅平ではターゲットと考えた富井正一プロ(長野市SC)と1本あたり3秒前後の差がついた。特段のミスはなく、「1ターン1ターンが遅かった。では、1ターン1ターンを少しずつ速くするにはどうしたら良いか」と問題を立て、1ターンの質を上げるために検討を加えた。

 

①外足に乗ること②過度の内倒はしない③リズムが大事。技術的にこの3点が大事と結論付けた。長野県予選ではスタート順に差がなかったことも一因に考えられるが、2位・富井プロとの1本のタイム差を0秒32まで縮めた。

 

今季、上級カテゴリーからスキーのレギュレーションが変わり、スキーのサイドカーブの半径が27メートルから35メートル以上のR35となった。トップとテールの膨らみが少なく見える。総じていえば従来のカービングスキーに比べると操作が重くなるR35について、山﨑選手によると「カービングができないんじゃないかという見方」が出ていたという。「僕はカービングの技術でやろうとしていた最中で、国体予選ではR35に対応できた。Rがなくても、(板を)たわませられればカービングができる」。失敗があっても、カービング技術の方がまだタイムが出る。レーシングチームで新マテリアルについての情報を収集する中から、そんな判断を下している。

 

国体予選後、右大腿部に肉離れが起き、本格的な練習は行っていない。「厨房でビデオを観ながら、みんなの滑りを研究する毎日だった」という。あとは現地での調整頼みだが、経験は豊富なだけに、これでも不十分過ぎることはない。順天堂大時代、長野五輪のダウンヒルとスーパーGで前走を務め、長いコースと急斜面は得意とするところ。加えて「テクニカルなセットだったら最高」と話す。スタート順は69でかなり遅いが、「次の年につながる結果が大事なので、最低でも15番以内に入らなければ」と、長野県のための使命感を持って臨む。

 

生活文化――イタリアの雰囲気色濃く反映

 

山﨑選手の妻・香里さんは、女子スピードスキーの第一人者として活躍していた。「けがが心配なので、とりあえず無事にスタートして、本人が悔いなく滑れればいいかな」と話す。練習時間確保のため、家事を多めに分担するなど山﨑選手を支えた。二人の間には3歳になる長男・琉太郎ちゃんが昨シーズンにゲレンデデビュー。今年は「平らなところだったら支えがなくても自立的に滑れる」(山﨑選手)ところまで上達している。腰にひもをつけて、プルークで滑る親たちが後ろからスピードを制御する。そんな微笑ましい光景だ。スキーの素養を身につける環境としては申し分ないが、「自分はアルペンひと筋だったので、息子には選択肢を与えたい」。その一方、「小学校ぐらいで一緒にポールができたら楽しい」という将来のイメージもある。

 

跡を継いだピザハウス「樹安亭Due」を穂高有明で新装開店して4年目、オーナーシェフの務めに専念する日々だった。傍ら、出身地大町の爺ヶ岳スキー場で、初心者の小中学生を教えるなど、レーシングとは離れたところでスキーには関わっていた。「分かりやすい言葉と、雪の上でスキーという道具を使って楽しむことが大前提ですよね。雪の上で遊ぶ感覚を前面に出しながら、気づいたら滑れていた、という狙い」。そんな雰囲気のインストラクターを務めていた。

 

現役第一線のころはGSでインターハイ3位、インカレ2部で2度の優勝。05年全日本選手権はスーパーGで2位となった。大町第一中2年から白馬高を経て、順天堂大4年までほぼ毎年、北部イタリアの南チロル地方に遠征。氷河の下にあるバルセナーレスの町に滞在した。ピザを食べ歩き、現地の生活文化に親しんだ。自身の店にもイタリアで通ったバールやリストランテの雰囲気が色濃く反映。店の奥には南チロルの様式を持ち込んだヒマラヤスギのテーブル席がしつらえてある。仲間のにぎわい、家庭のぬくもりを感じる一角となっている。

 

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